大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)3170号 判決

原告

村上八重野枝こと村上八恵野枝

ほか四名

被告

アオイ自動車株式会社

ほか一名

主文

一  原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告らは、各自、原告村上八恵野枝(以下、原告らの姓は省略して呼称する。)に対し、金五五〇万円及びうち金五〇〇万円に対する被告アオイ自動車株式会社(以下「被告会社」という。)においては昭和五〇年七月八日以降、被告宍戸義昭(以下「被告宍戸」という。)においては同年八月一九日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告昭恵、同良博、同忠廣、同武夫それぞれに対し、金二七五万円及びうち金二五〇万円に対する被告会社においては昭和五〇年七月八日以降、被告宍戸においては同年八月一九日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文一、二項と同旨の判決を求める。

なお、予備的に、担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求める。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和四八年一一月八日午後二時四五分頃

2  場所 京都市上京区通称千本通丸太町通交差点(以下「本件交差点」という。)

3  加害車 普通乗用自動車(タクシー)(京五五あ七二八四号)

右運転者 被告宍戸

4  被害者 訴外亡村上斉治郎(以下「亡斉治郎」という。)

5  態様 本件交差点内を北進してきた加害車が、同じく北進中の被害者運転車両(自動二輪車)(以下「被害車」という。)を同交差点北詰付近で追い抜く際、加害車の左後輪上方の車体部分が被害車の右ハンドルグリツプに追突接触し、被害者は、その衝撃により路上に転倒した。

二  責任原因

1  運用供用者責任(自賠法三条)

被告会社は、加害車を業務用に使用し、自己のために運行の用に供していた。

2  一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告宍戸は、被害車を追い抜く際、被害車との間隔を十分にとつて加害車を進行させるべきであつたのにこれを怠り、漫然被害車の直近を追い抜いた過失により本件事故を発生させた。

三  損害

1  受傷、死亡

亡斉治郎は、本件事故の結果受けた心破裂、左肺動脈破裂、気管破裂の傷害により即死した。

2  死亡による逸失利益 一四一三万〇〇一五円

亡斉治郎は、本件事故の約二〇年前からスクリーン印刷業を営んできたもので、昭和四八年一月一日から同年一一月八日(事故当日)までの間に六七二万二一八二円の売上実績をあげていたものであり、事故がなければ死亡時(六七歳)から五・三年間稼働し、その間少なくとも右同程度の割合による売上をあげ、そのうちの少なくとも五〇パーセントが同人の収入(売上金額から必要経費を差し引いた額)となるはずであつたところ、生活費は右収入の三〇パーセントと考えられるから、これを差し引いたうえ同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一四一三万〇〇一五円となる。

3  権利の承継

原告八恵野枝は亡斉治郎の妻、原告昭恵、同良博、同忠廣、同武夫は、亡斉治郎と原告八恵野枝との間の子であるところ、斉治郎の死亡により、同人に帰属した右2の損害賠償債権を法定相続分(原告八恵野枝は三分の一、その余の原告らは各六分の一)に従い相続により取得した。

4  原告ら固有の損害

(一) 慰藉料 原告ら各一〇〇万円

亡斉治郎は、原告らの精神的支柱であり、妻である原告八恵野枝にとつては、経済的支柱でもあつた。また、事故後亡斉治郎の事業を継いでいる原告武夫にとつては、事業経営の指導者でもあつた。

(二) 葬祭費

原告らは、亡斉治郎の葬祭費として合計九八万一二七〇円を要し、これを法定相続分の割合で原告八恵野枝が三二万七〇九〇円、その余の原告らが一六万三五四五円ずつ負担した。

(三) 弁護士費用

原告らは、本訴に要する弁護士費用として、訴訟代理人に一五〇万円を支払う旨約束しているが、原告八恵野枝がそのうちの五〇万円を、その余の原告らがそのうちの二五万円ずつを負担することになつている。

四  損害の填補

原告らは、自賠責保険金五〇〇万円の支払を受け、これを各原告らの債権に一〇〇万円ずつ充当した。

五  本訴請求

よつて、原告らは、各自、損害賠償債権残額の内金として、請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は、不法行為の後である被告会社については昭和五〇年七月八日以降、被告宍戸については同年八月一九日以降民法所定年五分の割合による。ただし、弁護士費用相当の損害金に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。

第三請求原因に対する被告らの答弁

一  請求原因一の1ないし4は認める。5については、後記二に述べるとおりである。

二  同二の1は認める。2は争う。本件事故は亡斉治郎の一方的な過失によつて発生したものであり、被告宍戸には何ら過失がなかつた。すなわち、加害車は、本件交差点内を北進し、同じく同交差点内を北進していた被害車と交差点中央付近で並進状態となつた後、被害車の右側方をかなりの間隔をあけて追い抜き、そのまま進路変更をすることなく進行したものであるが、亡斉治郎は、加害車と並進状態になつた後、前側方を十分注視していなかつたか、あるいは、適切な被害車操作を行わなかつた過失により、本件交差点の北詰付近で加害車の左後方から被害車を接近させ、被害車の右ハンドルグリツプ端を加害車左後輪後方上部の車体側面部分に追突接触するに至らしめ、その衝撃により被害車の操作の自由を失つて路上に転倒したものであり、被告宍戸としては、被害車が右のように加害車に追突接触することを予測し、回避することは不可能であつた。

三  同三の1は認める。2のうち、斉治郎が死亡当時六七歳であつたことは認めるがその余の事実は争う。3は不知。4は争う。

四  同四の自賠責保険金受領の事実は認める。

第四被告らの主張

一  免責(被告会社)

前記のとおり本件事故は亡斉治郎の一方的過失によつて発生したものであり、被告らには何ら過失がなく、かつ、加害車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたから、被告会社には運行供用者責任がない。

二  過失相殺(被告ら)

仮に、無過失ないし免責の主張が認められないとしても、亡斉治郎には前記の重大な過失があり、そのため本件事故が発生したものといえるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺がされるべきである。

第五被告らの主張に対する原告らの答弁

いずれも争う。

第六証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因一の1ないし4の事実は、当事者間に争いがない(事故の態様については、後記認定のとおりである。)。

二  責任原因

1  運行供用者責任

請求原因二の1の事実は、原告らと被告会社との間において争いがない。従つて、被告会社は、自陪法三条により、後記免責の抗弁が認められない限り、本件事故による亡斉治郎及び原告らの損害を賠償する責任がある。

2  一般不法行為責任

成立に争いのない乙第一、第二号証、第三号証の一部、証人北井紀子、同小島昭の各証言、証人岩澤清の証言の一部、被告宍戸本人尋問の結果の一部を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件交差点は、南北に通じる千本通と、東西に通じる丸太町通とがほぼ直角に交差し、更に、交差点南詰に同所から西へ伸びる道路が接続している、信号機により交通整理の行われている交差点であること、千本通には歩車道の区別があり、その車道部分は、本件交差点内を除き、キヤツツアイをはめ込んだセンターライン表示により北行車線と南行車線とに分けられており、右両車線の幅員は、交差点南側で北行車線が七・二〇メートル、南行車線が七・一五メートル、交差点北側で両車線共五・五〇メートルとなつているが、交差点南側の両車線は、更に二車線ずつに区分されている(このうち北行車線では、道路端寄り車線の幅員が四・二〇メートル、センターライン寄り車線の幅員が三・〇〇メートルである。)こと、千本通の車道部分は、本件交差点の北側と南側とで、右のように幅員に差があるほか、東西方向へのずれも見られ、交差点北側のセンターラインは、交差点南側のそれより一・五メートル前後西側へずれていること、本件交差点の四隅は、ほぼ直角二等辺三角形様に大きく隅切りが行われているため、交差点内は広く、交差点北詰と南詰との距離は、約六二メートルにも達していること、事故現場付近道路の最高速度は、時速四〇キロメートルに制限されており、また、現場付近道路はアスフアルト舗装がなされているところ、事故当時路面は乾燥していたこと

(二)  被告宍戸は、時速三五~四〇キロメートルの速度で加害車(車長四・一二メートル、車幅一・五八メートル、車高一・四〇メートル。運転者の位置は、おおむね車体左側面の一・二メートル右、車体前面の一・八メートル後となる。)を運転し、千本通北行車線のセンターライン寄り車線内を北進し、本件交差点にさしかかつたところ、同交差点の対面信号が青色であつたので、同交差点を南から北へ直進通過すべく、従前の速度のまま、こころもち左側へ進路を変更しつつ(千本通車道部分には、同交差点北側と南側とで前記のようなずれがあるため、加害車としては、右のように若干左側へ進路を変更する必要があつた。)、前車との間に五~六メートルの車間距離を置いて交差点内に進入したこと、そして、交差点南詰から約二八メートル北側の交差点中央付近まで進行した地点(乙第三号証交通事故現場図(以下「現場図」という。)の〈1〉参照)(以下「A点」という。)で初めて、自車左前角より約三・六メートル左方の地点(現場図の〈イ〉参照)(以下「a点」という。)に、被害車(車長一・七二メートル、車幅〇・八二メートル、車高一・〇八メートル)を自車よりもやや遅い速度で運転し、自車同様おおむね北へ向かい進行している亡斉治郎を認めたが、そのまま、ほぼ交差点北側センターラインの延長線に平行して進行を続けたところ、A点より約二五・六メートル進行した地点(現場図の〈3〉'参照)(以下「B点」という。)(なお、この時加害車右側面は、センターライン延長線(西端)の四〇センチメートル前後西側に位置していた。)で、自車左後輪上部やや後方の車体側面部分(車体後面よりおおむね四〇~九〇センチメートル前の部分)を被害車の右ハンドルグリツプ端に接触させ、被害車は、右接触の衝撃によりバランスを失い、センターラインに対し九度前後の角度で左前方へ暴走し、訴外北井紀子運転の足踏式自転車にも接触した後、結局加害車に接触した地点(現場図の〈×〉2参照)(以下「b点」という。なお、右b点は、a点より、センターラインに対し九度前後右前方、約二二メートルのところに位置する。)より約一六メートル離れた地点(現場図の〈ロ〉参照)まで進行して停止し、一方、亡斉治郎は、前方(北方)へ投げ出され、b点より約一六・七メートル離れた地点(現場図の〈ハ〉参照)路上に転倒したこと、被告宍戸は、B点を過ぎたあたりで自車左後方で鈍い衝撃音がしたのを聞き、何らかの事故が起つたのではないかと不審を抱き、普通に制動をかけて加害車を停止させ、下車してみて初めて本件事故の発生を知つたこと

以上の事実が認められ、甲第二号証、乙第三号証、証人岩澤清の証言、被告宍戸本人尋問の結果中右認定に沿わない部分は、前掲各証拠に照らし採用し難く、他に右認定に反する証拠はない。

ところで、右に認定したとおり、加害車と被害車は、本件交差点内をおおむね同一方向に並進する状況にあつたものであるが、このような場合、加害車の運転者である被告宍戸には、絶えず被害車の進行状況に注意を払い、被害車が進路変更をし、自車及び被害車がほぼそのままの速度・方向で進行すると、両車両の接触等の事故が発生する危険が生じるような場合には、適宜制動措置を講ずるなどし、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務が存したものというべきところ、前認定のとおり、被告宍戸がA点でa点を進行中の亡斉治郎を初めて発見したこと及びその後自車が被害車と接触したことを事故発生後下車してみて初めて知つたことからして、同被告が本件交差点内を進行中被害車の進行状況に十分な注意を払つていなかつたことは明らかであり、また、被害車がa点からb点に至るまでの間に右側に進路変更をして加害車と接触したことも、前認定事実から容易に推認しうるところである。しかしながら、前掲乙第一号証、証人岩澤清の証言、被告宍戸本人尋問の結果によれば、加害車の車体の被害車との接触部位には、被害車のハンドルグリツプのゴム痕が長く筋状についていたのみで、それ以外に凹損等の損傷はなかつたことが認められ、右事実に、前認定の、加害車に接触した後の被害車の進行状況及び亡斉治郎の転倒方向をも合わせ考慮すると、被害車が加害車と接触する直前になつて急激に右側へ進路を変え、そのまま加害車と接触するに至つた可能性は否定しうるものの、それ以前のどの地点まで進行した時に被害車が右側への進路変更を始めたのかは、本件全証拠によるも明らかでなく(被告宍戸本人尋問の結果中被害車がa点付近において加害車と平行して進行していた旨の供述部分は、前示のとおり同被告が被害車に対する十分な注視を行つていなかつたこと等に照らしたやすく採用し難いが、他方、被害車がa点よりb点へと進行した事実から直ちに同車がほぼa・b両点間を結ぶ直線上を進行したと推認することも相当ではない。また、被害車がどの道路から本件交差点内に進入したのかが判明すれば、同車の進行状況を推認する資料となりうるが、右事実を認定しうるべき証拠は存しない。)、たとえば、被害車が、a点より相当先(北方)へ進行した地点で右転把し、b点の直前で今度は左転把し、再び加害車とほぼ同一方向に進行する状態に戻つた後加害車と接触するに至るというような進行過程をたどつたということも考えうるのであり、そうすると、仮に被告宍戸が被害車の進行状況に注意を払い、被害車が右側への進路変更を開始した時点で直ちに急制動等の措置を講じたとしても、本件のような被害車との接触事故を回避しえなかつたのではないかとの疑いが残るものといわざるを得ず(仮に、被告宍戸がA・B両点の中間点付近やそこよりB点寄りの地点で被害車が右側に進路変更するのを認めて危険を感じ、直ちに急制動の措置を講じたとしても、加害車は、本件の接触時点においても、せいぜい実際より一メートル弱進行が遅れることになるにとどまる(被害車の進路変更地点をA・Bの中間地点と仮定した場合の計算は、別紙一のとおりである。)から、前認定の加害車の車長及び被害車との接触部位に照らし、加害車の被害車との接触は免れ難いものと考えられる。なお、右の場合、加害車・被害車の進行状況等からして、仮に被告宍戸が被害車の進路変更を認めた際直ちに通常の加速を行い被害車を引き離そうとしたとしても、右の接触を回避しえない状況にあつたことは明らかである。また、前認定事実と前掲乙一第ないし第三号証、被告宍戸本人尋問の結果によれば、加害車は、北行車線の交差点北側センターライン延長線寄りを進行していたところ、事故発生当時千本通通行車両の対面信号は青色であつて、加害車にとり対向車両が進行してくる状況にあつたものと考えられるから、被告宍戸に、右転把により被害車との接触を回避すべき注意義務があつたとすることはできない。)、従つて、前記の被告宍戸の、被害車の進行状況に対する十分な注視を怠つたまま加害車を進行させた所為と本件事故との間に因果関係があるものとは断じ難く、証拠上、本件事故発生につき被告宍戸に他の態様の過失が存したことをうかがわせるような事情の認められない本件においては、結局、被告宍戸に責任があることについて立証が尽くされていないものというべく、その余の点について判断するまでもなく、被告宍戸は、本件事故による損害を賠償する責任がない。

3  免責の抗弁

被告宍戸に被害車の進行状況に対する十分な注視を怠つたまま加害車を進行させた所為が存すること及び被害車が加害車と接触する前、どの地点から右側へ進路変更を始めたのかが証拠上明らかでないこと、殊に、被告宍戸本人尋問の結果中被害車がa点付近において加害車と平行して進行していた旨の供述部分が採用し難いことは、いずれも前記2に説示したとおりであるところ、右の点よりすれば、被害車がa点付近、あるいはそれより手前(南側)で既に右側へ進路変更を始め、そのまま進行すれば加害車と接触するに至る危険性のある状態に陥つていた可能性も十分に存するところであり、その場合には、被告宍戸に右の注視懈怠の所為がなければ、同被告は、被害車の右のような進路変更を認めた際直ちに制動措置を講ずることにより十分加害車の被害車との接触事故を回避しえたものというべきである(仮に、A点で被害車が進路変更するものを認め、直ちに急制動の措置を講ずるとすれば、別紙二の計算のとおり、加害車は、B点より少なくとも七メートル程手前に停止することができるから、前認定の加害車の車長及び被害車との接触部位からして、加害車は、被害車との接触を十分回避しうることとなる。被害車がa点の手前から右側への進路変更を始めており、これを被告宍戸がA点の手前で認めていたとすれば、被告宍戸は、更にゆるやかな制動措置を講じていても、右接触を回避することができたであろう。)。

もつとも、被害車がa点とb点との間で一旦減速し、加害車に完全に追い抜かれた(被害車の前端が加害車の後面より後(南)に位置する状態になつた)後、再び加速して加害車に接触したものとすれば、一旦被害車を追い抜いた被告宍戸としては、被害車が再び加速して自車に接近してくることまで予想して運転する必要はなかつたのではないかとの疑問が生ずるところであるが、前認定の被害車と加害車の接触の程度、接触後の被害車の進行状況からすると、経験則に照らし、被害車の速度は、加害車との接触時においても、加害車より若干遅い程度であつたものと解すべく、前認定のとおり被害車がa点においてA点を進行中の加害車より遅い速度で進行していたことをも合わせ考慮すると、経験則上被害車は、a点からb点まで常に加害車よりやや遅い速度で進行し続けたものと推認するのが相当であり、右推認事実と前認定のA・B両点の位置関係を照らし合わせると、加害車がA点からB点まで進行する間に被害車を完全に追い抜いた時期はなかつたものといわざるを得ない。

以上検討したところによれば、被告宍戸に被害車の進行状況に対する十分な注視を怠つたまま加害車を進行させた所為がなければ、本件事故は回避されていたのではないかとの疑いが残るものといわざるを得ず、結局、被告宍戸の無過失の点の立証が未だ尽くされていないものというべく、従つて、その余の点について判断するまでもなく、被告会社の免責の抗弁は理由がない。

三  損害

1  受傷・死亡

請求原因三の1の事実は、当事者間に争いがない。

2  死亡による逸失利益 四一一万〇五〇六円

原告忠廣、同武夫各本人尋問の結果及びこれらにより成立を認めうる甲第四号証、第五号証の一ないし一六、第六号証の一ないし一五によれば、亡斉治郎は、本件事故前自宅(原告八恵野枝の肩書住所)においてスクリーン印刷業を営み、昭和四七年は合計六七三万九六六三円、昭和四八年(ただし事故当日まで)は合計六七二万二一八二円の売上実績を挙げていたことが認められる。

ところで、原告らは、亡斉治郎の年収額は少なくとも右昭和四八年の売上実績の五〇パーセントを下らないと主張し、原告忠廣、同武夫各本人尋問の結果中には、原告らの右主張に沿う供述部分が存するが、原告らが、亡斉治郎の前記営業における経費率を認定しうるに足る具体的な資料を何ら提出していないこと(原告忠廣本人尋問の結果によれば、亡斉治郎の営んでいたスクリーン印刷業は、印刷部門の中でも特殊な業種に属し、従つて、経費率についても印刷業一般と同列に論じられないものであることが認められるから、原告らとしては、右経費率の点につき、より個別的・具体的な資料による立証を行う必要があるものというべきである。)、原告忠廣、同武夫各本人尋問の結果によれば、亡斉治郎と原告八恵野枝との間の子である原告武夫は、昭和四一年頃から、ゆくゆくは亡斉治郎の営業を受け継ぐことを前提にして、同人のスクリーン印刷の仕事を手伝い始め、事故当時には、亡斉治郎と共同で加工面を担当するとともに、製品の配達にも従事し(亡斉治郎は、加工面を担当するほか、集金・経理を行つていた。)ていたこと及び本件事故後原告武夫は、亡斉治郎の右営業を受け継ぎ、母である原告八恵野枝、姉である原告昭恵らの手助けを受けながら、ほぼ斉治郎の生前と同様の規模、内容のスクリーン印刷業を営んでおり(原告武夫には、亡斉治郎が有していた程の製版技術がなく、斉治郎なら自分で製版することができた種類の製品を外注(写真製版)に回さざるを得なくなり、製品原価が割高となつて注文が減つた分はあるが、他種の製品で注文の増えた分もある。)、今後とも右営業を継続していく予定であることが認められ、右各事実によれば、亡斉治郎の右営業から生み出されていた利益のうちには、実質的に同人の個人的寄与にもとづくものとは評価しえない収益部分が相当程度含まれていたものと解されること、更に、原告武夫本人尋問の結果によれば、亡斉治郎は、本件事故前原告武夫名義で所得税申告を行つていたもので、その申告額も、昭和四八年の確定申告期に一年分の所得税として二~三万円しか支払義務を負わない程低額であつたと認められることなどに照らすと、原告忠廣、同武夫各本人尋問の結果中の前記の供述部分をたやすく採用することはできないものというべく、他に原告らの前記主張を裏付けるに足りる証拠は存しないから、結局原告らの前記主張は採用し難い。

しかしながら、亡斉治郎が事故当時まで前記の営業に従事し、前記のとおり売上実績を挙げていた事実及び経験則によれば、死亡当時六七歳であつた亡斉治郎(右事実は、当事者間に争いがない。)は、事故当時少なくとも昭和四八年賃金センサス産業計、企業規模計、学歴計六五歳以上の男子労働者の平均給与額(年額一一四万四〇〇〇円)と同程度の収入を得ていたものと解するのが相当であるところ、更に、亡斉治郎が事故当時妻である原告八恵野枝と生活を共にしていた(同原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。)ことをも合わせ考慮すると、経験則上、亡斉治郎は、本件事故がなければ死亡時から六年間稼働し、その間、事故当時と同程度の収入を得ることができ、また、生活費として収入額の三〇パーセントを要するはずであつたと考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、四一一万〇五〇六万円となる。

(算式)一、一四四、〇〇〇×(一-〇・三)×五・一三三=四、一一〇、五〇六

3  原告ら固有の損害

(一)  慰藉料

原告八恵野枝 二〇〇万円

原告昭恵、同良博、同忠廣、同武夫 各一〇〇万円

前認定の本件事故の態様、結果、斉治郎の死亡時の年齢、同人と原告らとの間の身分関係(原告八恵野枝が斉治郎の妻、原告武夫が斉治郎と原告八恵野枝との間の子であることは前示のとおりであり、原告忠廣本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告昭恵、同良博、同忠廣もまた、斉治郎と原告八恵野枝との間の子であることが認められる。)その他諸般の事情を考え合わせると、原告らの慰藉料額は、原告八恵野枝につき二〇〇万円、原告昭恵、同良博、同忠廣、同武夫につき各一〇〇万円とするのが相当であると認められる。

(二)  葬祭費

原告八恵野枝 一四万円

原告昭恵、同良博、同忠廣、同武夫 各七万円

原告忠廣本人尋問の結果により成立を認めうる甲第七号証の一ないし二五及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、亡斉治郎の葬祭費として合計九八万一二七〇円を支出し、これを原告八恵野枝が三二万七〇九〇円、その余の原告らが一六万三五四五円ずつ負担したことが認められるところ、前記の斉治郎の死亡時の年齢、同人と原告らとの身分関係等に鑑みると、原告らの負担した右葬祭費のうち、本件事故との間に相当因果関係があるものとして、被告会社に対し賠償を求めうべき金額は、原告八恵野枝につき一四万円、原告昭恵、同良博、同忠廣、同武夫につき各七万円とするのが相当であると認められる。

四  過失相殺

前記二の2認定の本件事故の態様及び現場の道路状況に関する事実によれば、亡斉治郎には、本件交差点内を進行中、大幅な進路変更をすべき特段の事情がないのに(a点と交差点北側車道西端との位置関係からすると、被害車は、交差点北側車道に出るにあたり若干右側へ進路を変更する必要があつたことは認められるが、本件のごとく大幅に右側へ進路変更をする必要がなかつたことは明らかである。また、被害車が加害車と接触した後、前方を進行していた訴外北井紀子運転の足踏式自転車に接触したことは前認定のとおりであるが、前掲乙第二号証、証人北井紀子の証言によれば、訴外北井は、本件交差点を南から北へ直進通過すべく、通常の歩行よりやや速い程度の速度で、同交差点内の交差点北側車道西端延長線よりやや左側(西側)を進行し、交差点北詰付近で進路を右側に変え、交差点を出て北側車道西端の一メートル程右側を進行し始めた頃、後ろから暴走してきた被害車に接触されたものであることが認められ、右事実と前認定の被害車の進行状況、現場の道路状況を照らし合わせると、訴外北井運転の足踏式自転車は、被害車に大幅な進路変更を余儀なくさせるような障害物とはなりえなかつたものと解するのが相当である。)右側へ大きく進路変更をした過失があり、これにより、ほとんど進路変更を行わず進行し、かつ、ほぼ被害車を追い抜き去ろうとしていた加害車に接触するに至つたことが認められるところ、右亡斉治郎の過失の内容・程度、前示の被告宍戸に存しうる過失の内容・程度、その他諸般の事情を考慮すると、過失相殺として、本件事故により亡斉治郎及び原告らに生じた損害の各七割を減ずるのが相当であると認められる。そこで、亡斉治郎及び原告らの前記各損害につき、右の割合により過失相殺をすると、亡斉治郎に一二三万三一五一円、原告八恵野枝に六四万二〇〇〇円、その余の原告らにそれぞれ三二万一〇〇〇円の損害賠償債権が帰属したことによる。

五  権利の承継

前示のとおり原告八恵野枝は亡斉治郎の妻、その余の原告らはいずれも斉治郎と原告八恵野枝との間の子であるから、原告らは、それぞれ斉治郎の死亡により同人に帰属した前記損害賠償債権を法定相続分(八恵野枝は三分の一、その余の原告らは各六分の一)に従い相続により取得したものといえる。その金額は、原告八恵野枝が四一万一〇五〇円、その余の原告らが二〇万五五二五円ずつであり、これに原告ら固有の債権額を加えると、原告八恵野枝の総債権額は一〇五万三〇五〇円、その余の原告らの総債権額はそれぞれ五二万六五二五円となる。

六  損害の填補

請求原因四の原告らが自賠責保険金五〇〇万円の支払を受けたことは、当事者間に争いがなく、右金員は、原告らの法定相続分の割合で、原告八恵野枝の債権に一六六万六六六八円、その余の原告らの債権に八三万三三三三円ずつ充当されるべきところ、原告らの前記総債権額がいずれも右充当額を下回るものであることは明らかであるから、原告らの被告会社に対する損害賠償債権は、いずれも右自賠責保険金の支払を受けたことにより全額填補されたものというべきである。

七  弁護士費用

被告宍戸に損害賠償責任がなく、また、被告会社に対する原告らの損害賠償債権がいずれも全額填補されていることは前示のとおりであるから、原告らは、被告らに対し、弁護士費用相当の損害金の請求をなしえないものというべきである。

八  結論

よつて、原告らの被告らに対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木弘 大田黒昔生 畑中英明)

別紙一

1 ABの中間点をPとすると、PB=12.8m。PB間を時速35km(認定しうる速度のうち制動距離の短い方で計算する。)で進行するのに要する時間は、約1.32秒(12.8÷9.72=1.32)である。そして、空走時間(便宜上、危険の発見から最大制動力に達するまでの時間を指するものとする。)を0.9秒とすると、Pで危険を発見し直ちに制動措置を講じた場合とそのまま進行を続けた場合の差は、実際に制動のかかる残りの0.42秒(1.32-0.9)間にあらわれる。

2 制動がかかつてから、t秒後までの間に車両が進行する距離lmは、制動開始時の速度をm/秒、t秒後の速度をvm/秒とすると、おおむね次の式であらわされる。

l=(V+v)×t÷2…〈1〉

そこで、まずlを求めるに、速度Vの車両の全制動時間(制動がかかつてから停止するまでの時間をT秒、その間に進む距離をLmとすると、おおむね次の式が成り立つ。

L=V×T÷2…〈2〉

ところで、摩擦係数を0.75とすると、時速35kmの場合L≒6.31mであるから、〈2〉の式より(L=6.31.V=9.72を代入)T≒1.30秒となる。

他方、制動が等加速度的にかかるとすると、次の式が成り立つ。

V:T=v:T-t

この式にV=9.72、T=1.30、t=0.42を代入すると、V=6.58m/秒となる。そこで〈1〉の式より(V=9.72、v=6.58、t=0.42を代入)lを求めるとl≒3.42mとなる。

3 これに対し、制動をかけない時速35kmの車両が0.42秒間に進む距離l'は4.08m(9.72×0.42)である。

4 故に、制動をかけた場合とかけなかつた場合の差l'-lは約0.66m(4.08-3.42)であり、1mを下回る。

別紙二

加害者の速度を時速40km(認定しうる速度のうち制動距離の長い方で計算する。)、空走時間を0.9秒、摩擦係数を0.75とすると、危険発見から急制動により停止するまでに同車が進行する距離は約18.24mであるところ、AB=25.6mであるから、加害車はB点の約7.36m(25.6-18.24)手前に停止しうる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例